研究概要

全長2メートルのヒトゲノムDNAは核や染色体のなかに どのように折り畳まれているのか??

直径2nm、全長2mにも及ぶヒトゲノムDNAは、私たちの体の設計図であり、細胞の核や分裂期染色体の中に収められています。ゲノムDNAはまず塩基性蛋白質ヒストンに巻かれてヌクレオソーム構造をつくります。今まではこのヌクレオソームは、折り畳まれて直径約30nm のクロマチン線維、そしてさらなる階層構造を形成するとされてきました。そのモデルに疑問を持った私たちは、「生きた状態」に近い細胞観察ができるクライオ電子顕微鏡や、溶液中の非結晶物体の構造解析が可能なX線散乱解析などをおこなって、新しいモデルを提唱しました。それは、ゲノムDNAが規則的な30nmクロマチン線維ではなく、ヌクレオソーム線維の不規則な折り畳みとして存在し、しかも絶えず動いている、というものです。

1、研究テーマ

現在進めている主な研究テーマは以下の通りです。使用する手法は、基本的なDNA組換えから始まり、細胞培養や蛍光顕微鏡を用いたライブセルイメージング、計算機シミュレーション、電子顕微鏡観察、X線構造解析、ゲノムワイド解析などです。手法に捕らわれることなく、利用できるものはなんでも駆使しています。
研究テーマは各自の興味にあわせて相談して決める予定です。
● 定量的ライブイメージングを用いたゲノムダイナミクスと計算機シミュレーションによる再現
● X線散乱を用いたヒト細胞核と分裂期染色体の高次構造
● ES細胞をつかった細胞分化におけるクロマチンの高次構造変化  (エピジェネティックス)
● 新しいクロマチン結合タンパク質精製法の開発
● 転写因子の核内ダイナミクス


図1 私たちは、細胞核や分裂期染色体の中には教科書に載っているような30nmクロマチン線維が存在せず(左)、11nmのヌクレオソーム線維が不規則に折り畳まれていることを明らかにしました(右)。 このような不規則な収納はヌクレオソームに自由度を与え、よりダイナミックになります。このような性質は遺伝情報の検索に便利だと考えています。

2、研究の目指すところ

私たちが研究していることは非常に基礎的なことですが、得られる知見を、DNA複製、遺伝子発現、エピジェネティックス、細胞周期の制御、細胞の分化やガン化など、幅広い研究につなげていきたいと考えています。 最近、このヌクレオソーム線維の凝縮自体が放射線損傷からゲノムDNAを守っていることを発見しました(凝縮の新たな機能)。  研究は基本的に「世界最初の発見」を目指すものです。たとえ小さな発見でも、例えようのないとてもエキサイティングな体験です。このすばらしい体験をいっしょに味わいませんか? 東京駅から約1時間 - 1時間半です。研究室の見学も歓迎します。まずは前島までメールでご連絡下さい。

科学ライター Virginia Hughesさんによる紹介動画 

 

私たちの仕事が JT生命誌研究館 生命誌ジャーナルによる紹介

「解 説」

1本の長いゲノムDNAはどのようにして細胞の中に収められているのか?

はじめに

ヌクレオソームと30nmクロマチン線維 クロマチンは、核内に存在するDNA、ヒストン、非ヒストンタンパク質からなる複合体のことであり、ヌクレオソームとよばれる構造単位からできています。ヌクレオソームはDNAが塩基性タンパク質であるヒストンH2A、H2B、H3、H4タンパク質からなる8量体に巻かれてできる直径11nmの構造体です(1)。1976年には、「このヌクレオソーム線維がリンカーヒストンH1を伴い、らせん状に折り畳まれて直径約30nmのクロマチン線維になる」というモデルが提唱されました(2)(図.1)。また、古くから提唱されているモデルでは、「30nmのクロマチン線維が、100nm、 200nmと、らせん状の階層構造を形成している」と考えられてきました。

「生きた状態」の細胞を見るには?

一般的に、生物の構造を理解するには、その構造を高分解能で解析することが大切です。しかしながら、電子顕微鏡では試料を真空中にさらすため、観察可能な試料を作るには、化学固定・アルコール脱水・樹脂包埋・切片作成そして染色というプロセスを経る必要があります。こういった試料作製の過程は、細胞内のさまざまな分子を人工的に凝集させたり、逆に抽出してしまいます。つまり疎な部分はますます疎になり、密な部分はますます密になるわけです。その結果、人為的な構造をつくってしまい、分子がほぼ均一に分布しているという状況は保存されにくくなります。そこで、このような処理を一切行わず、より“生きている”状態に近い環境を保存するために、私たちは生きたヒトの分裂期細胞(HeLaS3)を高圧下で急速凍結しました。そして凍結した細胞を極低温化でセクショニング(切片化)し、その切片をそのままクライオ電子顕微鏡で観察しました(3)。この方法はCryo-EM of Vitreous Sections (CEMOVIS)とよばれ、Jacques Dubochetによって30年前に開発されたものです(4)。その結果、分裂期染色体の領域には30nmクロマチン線維を含めて、規則的な構造体は見当たらず、11 nm程度の粒状の構造がつまっているように観察されました。 一般的に、生物の構造を理解するには、その構造を高分解能で解析することが大切です。しかしながら、電子顕微鏡では試料を真空中にさらすため、観察可能な試料を作るには、化学固定・アルコール脱水・樹脂包埋・切片作成そして染色というプロセスを経る必要があります。こういった試料作製の過程は、細胞内のさまざまな分子を人工的に凝集させたり、逆に抽出してしまいます。つまり疎な部分はますます疎になり、密な部分はますます密になるわけです。その結果、人為的な構造をつくってしまい、分子がほぼ均一に分布しているという状況は保存されにくくなります。そこで、このような処理を一切行わず、より“生きている”状態に近い環境を保存するために、私たちは生きたヒトの分裂期細胞(HeLaS3)を高圧下で急速凍結しました。そして凍結した細胞を極低温化でセクショニング(切片化)し、その切片をそのままクライオ電子顕微鏡で観察しました(3)。この方法はCryo-EM of Vitreous Sections (CEMOVIS)とよばれ、Jacques Dubochetによって30年前に開発されたものです(4)。その結果、分裂期染色体の領域には30nmクロマチン線維を含めて、規則的な構造体は見当たらず、11 nm程度の粒状の構造がつまっているように観察されました。


X線散乱による染色体の構造解析

しかしながら、クライオ電顕にも弱点があります。クライオ電顕で観察できる領域は、染色体のごく一部であり、染色体の全体像をつかむのは非常に困難であること。また、高圧下で急速凍結による構造破壊も懸念されていました。これらの問題を克服するために、私たちは独立行政法人理化学研究所(理研)の大型放射光施設Spring-8の強力なX線を用いて、ヒト染色体の構造を詳細に調べました(8)。蛋白質などが集まった構造体にX線を当てると、その構造体の規則性に応じた散乱パターンが得られます(X線小角散乱解析 SAXS)。もし、30nmのピークが観察されなければ、規則的な構造のクロマチン線維は存在しないということになります。X線散乱は染色体丸ごとの構造解析が可能です。また、試料を凍結しないので、クライオ電子顕微鏡の弱点を補うことができます。  測定をおこなった結果、古いモデルで予想されていたような、約100 nm、約200-250 nmの線維の存在を示す散乱ピークは観察されませんでした(8)。観察できたのは、ヌクレオソーム線維の存在を示す11 nmのピークだけでした。一連の結果は、古いモデルにあるクロマチン線維も、クロマチン線維がさらに規則正しく束ねられた高次の構造も存在していないことを強く示しています(8)。このため、私たちは染色体にはヌクレオソーム線維がとても不規則に収納されていると考えました(図. 2)。さらに、電子分光型電子顕微鏡(Electron Spectroscopic Imaging)やクライオ電子顕微鏡による解析から、多くの細胞の細胞核内にも30nmクロマチン線維が存在しないことが報告されています(5)。以上の知見から、ほとんどの場合、ゲノムDNAは規則的な30nmクロマチン線維ではなく、ヌクレオソーム線維の不規則な折り畳みとして存在すると考えています。

 

30nmクロマチン線維は存在しない?

30nmクロマチン線維は存在しない?  それではなぜ、典型的な(古典的な)染色体の電子顕微鏡観察では、30nmのクロマチン線維が観察されてきたのでしょうか?

 

 

図. 2 分裂期染色体の不規則なクロマチン収納

この疑問に対する重要な鍵となるのが、ヌクレオソーム線維の環境です。30nmクロマチン線維のモデルとして、隣り合うヌクレオソーム同士が結合し、らせん状にまかれる「ソレノイド構造」、またはヌクレオソームが二つ隣のヌクレオソームと結合して折り畳まれていく「ジグザグリボン構造」が、提唱されています。30nmクロマチン線維という規則正しい構造をつくるためには、このような選択的なヌクレオソームの結合が必要です。しかし、例えば非常に密な分裂期染色体で、選択的なヌクレオソーム同士の結合は可能でしょうか?例えば、ヌクレオソーム線維の濃度が薄いin vitroの環境下では、1本1本のヌクレオソーム線維間の相互作用を無視することができ、近傍のヌクレオソーム同士の結合が容易でしょう。しかし、実際の分裂期細胞の染色体には、非常に高濃度のヌクレオソームが凝集しています。このような状態では、1本1本のヌクレオソーム線維は互いにかみ合う (interdigitated)状態となり、30nmクロマチン線維のような規則正しい構造の形成は妨げられると思われます。  実際、さまざまなMg2+濃度における分裂期染色体のCEMOVISイメージをみると、2価イオンが低濃度 (0.5~0.7mM)の場合、ヌクレオソーム線維は30nmクロマチンのような線維を形成することが可能です。しかし、2価イオンが増加する(~5mM)につれ、30nmの構造の維持ができなくなりました(3)。この状態では、線維内のヌクレオソーム同士の選択的な結合よりも、線維間のヌクレオソームの相互作用が優勢となり、ヌクレオソーム線維が互いにかみ合う「溶けた状態(polymer melt)」になると考えています。  このようなヌクレオソーム線維の環境に加え、電子顕微鏡の試料調製過程がヌクレオソーム線維の凝集や収縮を引き起こし、その結果、30nmクロマチン線維が人為的にさらに形成されやすくなったと思われます。

 

新しいクロマチン構造モデル

クライオ電顕の画像解析やX線散乱解析から、私たちは「分裂期染色体には30nmクロマチン線維や高次構造はほとんど存在せず、11nmのヌクレオソームが不規則に折り畳まれてできている」、というモデルを提唱しました(3)(6)(7)。全体的には、染色体の凝集区を司るコンデンシンが染色体中心部分でヌクレオソーム線維を束ねており、局所的にはヌクレオソーム線維の不規則な折り畳みによって成り立っていると考えています(図. 2)。さらに、このモデルでは、分裂期染色体がヌクレオソーム線維の階層的な折り畳みによる静的な構造体でなく、ヌクレオソーム線維が絶えず動いているダイナミックな構造体であると考えています。 このモデルによって、30nmクロマチン線維のモデルでは説明のつかなかった数々の報告をうまく説明できます。たとえば、トポイソメラーゼⅡやコンデンシンなど、ヌクレオソームよりも大きいタンパク質が染色体内で拡散することが報告されています(9)-(11)。染色体内がかっちりとpackingされた状態では、このようなタンパク質が動き回ることは非常に困難です。一方で、ヌクレオソーム線維が動的な状態ならば、さまざまなタンパク質が容易に染色体内に入り込み、機能することが可能でしょう。また、30nmクロマチン線維の構造維持に関わるとされてきたリンカーヒストンH1は、分裂期染色体内で非常にダイナミックな挙動を示すことが報告されています(9)。つまり、クロマチン線維は安定な構造体ではなく、リンカーヒストンH1の挙動に一致したダイナミックな動きをしていることが考えられます。 また、分裂期染色体部分のDNA濃度は約170mg/mlと報告されています(12)。30nmクロマチン線維を含む階層構造でpackingしようとすると、各クロマチン線維間にすきま空間が生じ、この値に達することは難しい。しかし、1本1本のヌクレオソーム線維がかみ合って全体的に“melt”な状態になっていれば、空間を効率よく埋められているので、このような高い値を達成するのは容易です(最大約300mg/ml)。  さらに、私たちは、染色体でみられるヌクレオソーム線維の不規則な収納は、細胞の分裂期だけでなく、細胞周期の間期の段階から、ヌクレオソームの塊(クロマチンドメイン)として、存在していると考えています(6)(7) (図. 3)。このクロマチンドメインのモデルでは、遺伝子は発現時にドメインの表面や外側(図. 3赤)に配置され、転写因子やRNAポリメラーゼ(図. 3緑)のDNAへの結合を促進させると考えます。実際、このモデルは、他のグループの電子顕微鏡を用いた知見とよく一致していました(13)。

 

 

 

Fig. 3 クロマチンドメイン

おわりに

私たちは現在、様々な生きた細胞の顕微鏡イメージングを駆使して、生きた細胞内での動的なクロマチン環境を調べています。細胞はその機能や環境変化に応じて、核内ゲノムの折り畳み構造を変化させ、ゲノムの複製や多様な遺伝子発現を制御していると考えられています。今回提唱したゲノムの不規則なと収納やその動きが、細胞周期や分化、発生過程において、どのように変化し、機能していくのか、生命機能を司るゲノムの動きを追求しています。

参考文献

(1) Kornberg, R. D. and Y. Lorch: Cell, 98: 285-94.1999
(2) Finch, J. T. and A. Klug: Proc Natl Acad Sci U S A, 73: 1897-901.1976
(3) Eltsov, M., et al.: Proc Natl Acad Sci U S A 105: 19732-19737. 2008
(4) Dubochet, J., et al.: Q Rev Biophys 21: 129-228. 1988
(5) Fussner, E., et al.: Cold Spring Harb Symp Quant Biol 75: 245-249. 2
(6) Maeshima, K., et al.: Curr Opin Cell Biol 22 : 291-297. 2010
(7) Maeshima, K., et al.: Cold Spring Harb Symp Quant Biol 75:439-444.2010
(8) Nishino, Y., et al.: EMBO Journal: 2012, in press.
(9) Chen, D., et al.: J Cell Biol 168: 41-54.2005
(10) Tavormina, P. A., et al.: J Cell Biol 158: 23-29. 2002
(11) Gerlich, D., et al.: Curr Biol 16: 333-344. 2006
(12) Daban, J. R.: Biochemistry 39: 3861-3866. 2000
(13) Rouquette, J., et al.: Chromosome Res 17: 801-810. 2009 How is a long strand of genomic DNA organized in the cell? Key words : Human genome, Chromosome, Nucleosome, 30 nm chromatin fiber, Irregular folding

このページのトップへ